先週は比較的気温も上がり、暑い日が続きました。
そんな中、子供が通う学校の授業で、水生物の野外実習がありました。

朝から子供は、「今日は水着を着て川に行くんだ!」
と張り切っていました。

「そうか、濡れたときのことも考えて水着なんだな・・・・」
と深くは考えていませんでしたが、用事があって学校に行くと、オイラの
顔を見るなり先生たちは、

「本日も暑かったですね・・・・水の中で泳ぐと気持が良かったですよね・・・」
オイラは”ピ〜ン”ときました。

もぐら「やってしまいましたか・・・・・」
先生「はい、とても気持よさそうに泳がれていましたよ、ほら」

しっかりと茂みの中を泳いでいる証拠写真まで撮ってありました。(笑)


そこでオイラの疑問。

水着を着ていくから泳いでしまうのだ! 観察しに行くのだから通常の
服でも良かったのではないのかと?

やっぱりそれなりの準備がしてあると安心しきってしまうのでしょう。

これと同じことが安全についても言われることがありますよね。

安全のためには安全敷設をつけないといけない。
安全のためには安全の意識を向上させなければいけない。

しかし安全敷設があるから、安全の意識が欠落する?という考えもある。

この辺りのバランスが難しいものですが、実際に『危険を体感する安全敷設』
が有れば本当の危険回避などを自分で考えられるようになるかも知れませんね。
(ちょっと変わった発想ですが・・・・)



その週末には「川に行って遊んでくるから水着を出して!」という子供に
「ダメだ、普通の服のまま行って来なさい!」
と指示すると、子供はしぶしぶ普通の服で川に行きました。   ・・・・・が、

夕方には頭から下までずぶぬれになって帰ってきました。  チャンチャン!